『MEMOries 1』

  団体作業についての考えを書こうと思います。

 僕はこの団体の設立者として、ある程度の道筋立てをしたものの、代表の考え一強で進めていくワンマン体制が正しいとは思っておらず、なるべくみんなの意見を聞きながら進めていこうという考えでした。今もその考えは変わっていませんし、他団体の制作過程を拝見させていただく中で、それが理想であると改めて認識しました。

 その体制には困難があることも事実です。クリエイティブな作業を集団で行うことの難しさです。これまで何のつながりもなかった、弱冠二十歳ごときの若者が寄って集って制作することがいかに難しいか。全員やる気があるわけではないし、やりたいことがあってきているわけではない。忙しい。お金がない。めまぐるしい環境の中でやりたいことも変化する。あいつとは仲良くなれない。枚挙にいとまがないですが、思い知ることもたくさんありました。

 でも、集団の持つ力を信じていたからこそ団体を立ち上げたのです。協調性を持って、各個人が持つアイデアを広げていく力。アイデアがアイデアを呼ぶ力。コネクションを通じた広まり。それを集団力と呼ぶことにします。

 もちろん集団だけではなく、クリエイティブな作業では個人のセンスも必要です。センスではうまく言葉にできていませんが、ストイックさと異質感。集団とは相反するようなものです。ここでは個人力と呼んでおきます。

 この集団力と個人力、両方を同時に推し進めることが理想ですが、それには各個人の人間性が大きく関わってきます。寛容さや精神力。時には自分の意見や感情を押し潰し、嫌な役を買って出て、愚痴を改善に役立てる。難しいですし、心だって病んでくるし、やめたくなるし、他人のことを嫌いになります。それを乗り越える力を、今現在取り組んでいる作業の中で身につけていけると大きな財産になるのではないかと思っています。

 集団力と個人力だけに拘らず、2者のうちどちらかに偏った方法で進めても成り立ちますし、何なら非常に楽かつ効率的です。しかし今回の場合は、前者に重点が来ると個性のない、センスのない作品になり、推進力が弱くなりがちです。後者に重点が来るとそれは大衆に呼びかけるコンテンツとして作動しにくい、共感性に乏しいものになってしまい、ニッチな存在になってしまいます。両者の真ん中を渡るバランス感覚を身につけること。それが大切なのではないかと思います。

 ここからは僕のひとりごとであり、メッセージです。

 僕にはドライさが足りていません。優しさや感情に流されて行動するだけではうまくいかないことばかりです。代表としての立場を意識しすぎたため、個人としての感情を押しつぶしてきた部分もありました。個人力溢れるメンバーの手綱を持ちながら、集団力のあるメンバーを置いていかないようにする。それを一人で担うのは無理です。各個人が大人になるしか不可能です。それぞれに思うところあって、仕方がないことだとはわかっていますが、僕に足りてない部分が多々あるように、それぞれが足りていない部分を意識してやっていくしかないのです。

 早いもので団体設立から1年半が過ぎました。設立よりお世話になった皆様、ともに制作に携わったクリエイターの皆様、脱退したメンバーのみんな、今も在籍しているメンバーのみんな、この場を借りて御礼申し上げます。

 2017年もあと2ヶ月を切りました。私事ですが、少しの間おやすみさせていただくことになりました。この団体を設立して、やりたかったことがひとつずつ叶い、技術的な面でも人間的な面でも学んだことが多くありました。そのあいだに溜め込んだ数多のインプットを吐き出す時間とします。

音楽映像団体MUVA 森

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