名前とキャラクター性の繋がり

どうも、アドルフです(ガンギマリ)。最近はライトノベルの研究にハマってます。意外にというか、やはりというか、研究と言うのは楽しいものです。やりたい事やりたいようにやってそれを文章化する。簡単にまとめるとそれだけなのですが、とてつもなく奥が深く、面倒な作業です。だから、それを普通にやる大学の教授は偉いんです。

 雑談はこれくらいにして前回の続きを話しましょう。前回は日本ではインターネットを使う時にどちらかと言うと匿名利用する事が多く、実名で使用するには抵抗があるという話でした。そして、その理由として、それまでのインターネット文化が影響していると考察したところまで話したはずです。

 では、ネットキャラクター論の話に移っていきます。一つ注意を挙げるとするなら、

これは僕が実際にインターネットを利用していて見たことなどをそれっぽく分析しただけなので何の権威も無いし、場合によっては全部的外れな可能性がある。

があります。まあ、一つのアイデアとして受け止めてください。

<ここから本編>

 オンラインサービスを利用する際、アカウント(キャラクター)作成時に名前を入力します。この時「本名orハンドルネーム」の選択によって、その後の活動に変化が生じます。本名であった場合、おそらくその“キャラクター”は実世界の自分と同じものになるでしょう。ある意味でネットとリアルが表裏一体と言えます。

 一方でハンドルネームを利用した場合はどうでしょうか。人によっては“キャラクター”が変わる人が出てくると思います。というかほとんど変わると思います。

 例を出せば、リアルでは無口な田中君がネットではレイブンという名前でお喋りな人になっているという感じです。心当たりがある人が何人かいるのではないでしょうか。

 もっと分かりやすい例を出します。テレビに出ている芸能人は芸名を使って明るくふるまっている人が多いと思います。しかし、実生活ではひっそりとした生活をしているなんて事がテレビで流されたりします。これは「ひな壇では明るい芸能人(ネット)」と「ひっそりとした実生活(リアル)」のギャップであり、逆に人気が出たりします。

 正直、これはとても分かりにくい感覚です。ここにいる自分とあっちの自分が一致しないというのは主観で見た時に知覚し辛いでしょう。第三者がその人の両方(「ここ」と「あっち」)を見て初めてそのキャラクターのずれが認識されます。そのずれが一番わかりやすく表れるのが「名前」であるという事です。(段々何が言いたいか分からなくなってきたゾ)

 簡単にまとめます。もうここだけでいいです。

インターネット上のキャラクターと実生活(リアル)でのキャラクターは必ずしも一致しない。それを顕著に表しているのが名前である。名前はそのキャラクターを形作る器の役割を果たしている。

 多分これだけ分かっていれば、ネットキャラクターの話は通ぶれると思います。

 何でこの二回この話をしたかというと、キャラクターというのは作品において需要な要石だからです。それが何にしろキャラクターというのは必ず出てきます。そのキャラクターが面白いと作品と言うのは栄えます。シナリオゼロ点の映画でも主演の演技が百点なら50点ぐらいの作品になったりします。そういうことです。

 というわけで、皆さんもキャラクターは大事にしてください。いくつか使い分けている人はそのまま使い分けて下さい。キャラクターを使い分けられる人はそれなりに才能を持っている人なので。

 ではまた次回。今度はまた別の話をします。

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