其の1

みなさん。こんにちは。

関西大学社会学部1年生の金昇志です。

名前から御察しの通り、僕は日本人ではございません。在日コリアンです。

出自はおいおい述べるので、ご容赦ください。笑

それでは、本題に移りたいと思います。

僕はこの1年、「物作り」の現場に立ち会って来ました。

こう言ったら聞こえはいいですが、僕がした事は、ほんの一部に携わったくらいですが。笑

けど、その中で感じた事は沢山あります。

それについてお話をしたいと思います。

この1年、映像制作に携わってきて、現状について、特に自分の現状について見直す機会が多々ありました。

その度に、自分の未熟さに落胆し、その未熟さゆえに、また一歩前に踏み出そうと自分なりに頑張ってきました。

しかし、何より足らなかったのは「意思」なのではないかとその度におもいます。

本当は1年生の内に1つ作品を作るつもりでした。

けど、それは出来ませんでした。

違うかな。しませんでした。

自分がいま置かれている環境や状況に甘えて、駄々を捏ねて、作ろうとしなかった。

他人の作品を観る度に「物作り」の感情は湧き出てきたのに、そうしなかった。

縛るものは何もない筈なのに、自分で見えない鎖を自分に巻いて動けないふりをしていた。

けど、そうもがいているあいだに少しづつだけど、自分に出来る事はしてきたつもりです。

そして、やっと一通りの、自分が納得できる最低の準備ができました。

ここまでくるのに、10ヶ月かかってしまいました。

もっと早くに「意思」を持てていればと悔やむ事ばかりですが、、、

そもそも、何故僕が映像制作を将来の道標にしたかと言うと、

とても稚拙なきっかけですが、友達にあるアイドルを教えてもらったからです。

その人たちの作品は大小、長短に限らず、とても練り込まれていて、

何よりそれを作る側の人たちの意図、意思が、出演する可愛いアイドルよりも、熱く、厚く伝わってきました。

そのせいもあって、出演するアイドルは何倍にも輝いてみえました。

繰り返し見るたびに、また新たな一面を見せてくれました。

これはもう、運命としか思えませんでした。

そこから、始まりました。

あの感覚を味わいたくて、あの感覚を伝えたくて、今までもがいてきたんです。

けど、最近、その渇きを失っていました。

初心忘れるべからず、とはよく言ったもんだと思いますよ、ほんとに。

環境、状況のせいにして、自分を「初心の意思」から、遠ざけていました。

やっと、スタート地点に立てたと思います。

ここまで、長かった。けど、無駄だったとは一つも思いません。

今までの全てが「今」だから。

みなさんには、このような経験はございますか?

こういう事を書くと体に虫酸が走りますが、たまには、こういう事もいいかな。

追記

ただ今、作品第一号を絶賛制作中です。

目処は立っておりませんが、

たぶん、演者、スタッフを若干名募集すると思います。

興味があれば、是非、私に連絡を。。

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