それぞれの「好き」

突然ですが、みなさんは「LGBT」という言葉をご存じでしょうか?昨今耳にする機会の増えてきた言葉だと思います。そこでLGBTに関する私の考えを初めて書くコラムのテーマにしてみようと思います。

 LGBTとは、L(レズビアン(女性同性愛者))、G(ゲイ(男性同性愛者))、B(バイセクシュアル(両性愛者))、T(トランスジェンダー(性同一性障害))のそれぞれの頭文字を組み合わせた言葉です。GLBTといったり、他の性的指向の言葉の頭文字を加えて使われたりすることもあります。

 みなさんはこういった性的指向の人たちのことをどう思いますか?気持ち悪いと思うでしょうか。何とも思わないでしょうか。

 ここ数年、性的マイノリティに対する理解をすすめよう、偏見をなくそう、という活動が活発化しており、彼らへの理解度は上がっているのではないかと思います。少し前にはついに日本でも、東京都・渋谷区で同性カップルに結婚とほぼ同等の関係を認める制度が設けられたりもしました。

 ちなみに私はこの質問に対して、答えは後者です。何とも思いません。誰が誰を好きであろうと自由だし、愛に性別は関係ないと思っています。だから、こういった人たちに批判的な言葉を投げかける人の気持ちがわかりません。何がおかしいのか、どこが気持ち悪いのか。でもそれは批判的な人たちにとっても同じで、ただ純粋に“生理的に無理”なんだと思います。人それぞれ価値観が違うのだから、価値観的に反対の意見を持つ人のことを理解できないのは当然だと思います。私も何故ゴキブリを受け入れられないのかと聞かれたら困ります(^_^;)嫌いなものは嫌いで、気持ち悪いものは気持ち悪いのです。だから、性的マイノリティに対して否定的な人たちを責めようとは思いません。純粋にそういう意見がショックなだけです。

 前にテレビ番組でLGBTが話題に取り上げられていて、なんとなく父に質問してみました。

 「もしお兄ちゃんが同性愛者だったらどうする?」(当事者を兄にしたのは本当になんとなくです、深い意味はありません)

 それに対して父の返答はこうでした。

 「気持ちのことだからどうしようもないけど、親子の縁は切るかな。」

 正直驚きました。父がそういう考えを持っているとは思っていなかったので少しショックでもありました。その時、兄が同性愛者じゃなくてよかったと、心底ホッとしたのを今でも覚えています。もしそうだったら、兄も父も、家族全員が辛い思いをすることになると思いますから。

 結局何が言いたいかというと、もっともっと性的マイノリティに対して理解がすすみ、受け入れる人が増えたらいいな、という一点だけですね。彼らにとっての普通の気持ちが、周りに解ってもらえないというのはとてもつらいことだと思います。

 異性が好き、同性が好き、無生物が好き、男の子になりたい、女の子になりたい…。

みんなそれぞれの想いが違ってそれが当たり前だからこそ、その違いが“なんでもないこと”になればいいなって思います。

 ここで書いていて気付いたんですけど、さっきは価値観が違うから理解できなくても当然って言っておきながら、今度はその違いを理解して受け入れようなんて矛盾してますよね(^_^;)理解するのは難しいかもしれないです。だって他人の考えですもんね。じゃあせめて否定的な言葉を向けないでほしいなと思います。もちろん発言には自由がありますが、人の気持ちを罵る言葉には確実に相手を傷つける力があります。受け入れることができなくても黙っていることはできると思います。そういう優しい社会になってほしいなと思います。

言葉足らずで伝わりにくかったと思います、すみません。もっとしっかり自分の考えがまとまったら、またこのテーマについて書かせてもらおうかなと思います。拙い文章ですが、最後まで読んでくださりありがとうございました。

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