白作戦

お久しぶりです。

 といっても今回も実のある話をするわけではありません。単なる時間稼ぎです。日本人の得意技、国技といってもいいでしょう。でも、それもたまには必要で、本題を上手く見せるための尺繋ぎは重要です。

 どういうことかというと、ちゃんと文章は書いています。連続で出していきたいので、今はどんどんストックしている感じです。何とかして9月1日には間に合わせたいですが、無理そうなら出来る範囲で9月1日から投下し続けていきます。

 何故9月1日かというと、大体80年ぐらい前に、ちょび髭のおじさんが東側に道路建設をしに行った日だからです。通称白作戦と言われたその作戦はひと月ぐらいで片付きました。そして我々にもそれを発動させたいなというのが、僕の思いです。

 さて、前説はこんなものにして、本編に入って行きましょう。8月15日と聞いて色々思い浮かぶ人がいると思いますが、その中でも特に大々的に取り上げられるのが『日本の終戦』でしょう。1945年8月15日に当時の政府が玉音放送により連合国への降伏を国民に公表した日を現在の日本も終戦の日として平和式典を開催しています。

 でも皆さん、国際条約的に見たら8月15日はそれ程重要な日にちではありません。というのも戦勝国である連合国側は、日本が正式な降伏文書に調印した9月2日を対日戦勝記念日としているからです。

 さらに付け加えるとするなら、真の意味での終戦(国際法上の戦時終了)は1951年9月8日に調印され、翌年4月28日に発行されたサンフランシス平和条約です。これにより連合国からの占領統治から解放され、日本国の新たな船出となりました。

 いくつか日付を出しましたが、どれがしっくりくるでしょうか。おそらく日本の学校教育をきちんと享受した人達は8月15日が一番しっくりくるでしょう。僕も少し前まではそうでした。しかし、戦時国際法を色々見てみると考え方はちょっと変わります。8月15日の時点で国民に降伏することを通知していますが、きちんとしたルールに則って行われた休戦の調印については半月後の9月2日です。その間に全く何も起こらなかったかといえば嘘になります。ソヴィエトは普通に南下していましたし、離島単位で見れば、散発的な戦闘も少し起きています。アメリカの本格的な占領はここから始まりました。そう考えると、個人的には9月2日の方が腑に落ちるところがあります。連合国を含めた相互が戦争の休戦に同意したその瞬間こそが戦争の(一旦の)終結という線引きになるのではないでしょうか。

 だからといって8月15日を否定するわけではありません。むしろ国民目線からしてみれば8月15日に「日本は負けた」という事実を知ったわけなんですから。その後の細々した動きは当時の人はほとんど知る由も無いですし、それこそ後の人が歴史で学ぶことになります。なので、8月15日を終戦の日と定めるのは合理的だと思います。

 文字もかさんできたので、最後に一つ。無条件降伏という言葉をご存知ですか?降伏に際して戦勝国側に対する条件に対して一切口を挟まずに調印する事を言います。日本のマスコミ各社は大体この言葉を使うのですが、日本は無条件降伏をしていないという人たちも一定数います。これは、ポツダム宣言は軍部全体に対しての無条件降伏を示唆しているのであって、政府がするとは書いていないという理論他多数からなります。確かに、もし日本が無条件降伏していたとしたら、過去の事例から見てみるに国体の護持は非常に難しい(というか多分無理)でしょうし、そもそもポツダム宣言は休戦条約であるという主張もあり、正式な終戦は1951年のサンフランシスコ条約という論もあります。

 どっちもどっちで分かりますし、一生答えが出ない疑問になるとは思います。ただ一つ言えるのはどっちにせよ日本は戦争に負けたという事です。

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