そしてまた、季節が変わる。

 今年は台風の影響もあり、少なくとも僕がいた範囲では8月終盤から気温が下がりはじめて9月からはしっかり秋になりました。ここ2年程(特に2016年)は秋が短い印象がありましたが今年は長かったですね。そういえば秋の気象で興味深かったのは北海道の天気です。大雪山国立公園にある黒岳(標高 1984m)では08月17日の深夜に初雪が観測され、1974年から行われている独自観測のなかではもっとも早い記録となりました(注1)。一方で平野部の旭川市や稚内市などでは11月14日に初雪が観測され、各地でかなり遅い記録となりました(注2)。この2つは今年の秋を象徴するようなニュースだと思います。そんな秋も終わりを告げ、少し前からまた一段と冷え込んできました。いよいよ冬が始まります。

 このような季節の移り変わりを感じるとなんだか嬉しくなります。日本には春夏秋冬という四季が存在するので、それぞれの季節に応じた食べ物、自然の風景、空気感などの変化、そしてそれらが日常生活や自分の感覚に与える影響の差異性を感じることが大きな楽しみとなります。ただ、四季というものは人間が体感や太陽の動きをもとにして主観的に作った区切り・ものさしのようなものなので、それだけですべてを表すことはできません。昔は二十四節気として24もの季節があったこともそれを象徴しています。気候は実際には連続的なものであり、年や場所によって変動するものです。しかし、季節としてそれを区切って名前を付けることで、その移ろいや日常生活・自分の感覚の変化を的確に受け取って表すことができます。そして、それはある一定の圏内において共有され、人々の意識を方向付けます。そう考えると季節とは人間が自然によってもたらさられる様々な条件を読み解くことで成立した一つの制度と言えるかもしれません。衣替え、冷暖房、料理の種類など普段何気なく過ごす日常の諸々は意外と強くそれに基づいています。

 1つの季節が終わり、また次の季節へと移り変わる。その変化は天気、風、生き物たち、そしてそれらが作り出す風景が伝えてくれます。自然や田畑に囲まれた場所で生きていたときは、季節の移ろいを知るきっかけは身近にたくさんありました。しかし、今の生活圏のようにビルや住宅が隙間なく立ち並ぶ場所ではそれらが少なく、季節ごとの変化も感じにくいように思います。それでも道端や公園などをよく見るとその小さな知らせに気付きます。最近でいえばコオロギなどがまったく鳴かなくなったことでしょうか。このような小さなものごとを探して見つけるのも季節ごとの楽しみの1つです。速度を上げてなんとなく均質化した意識が広がるような社会でも、そんな自然が与えてくれる小さな日常の変化を捉える感覚は忘れないようにしたいです。きっとそのほうが何気ない日々をできるだけ飽きずに過ごせるのではないでしょうか。

2018年11月23日(木) 大脇崚冴

注1 … 日本気象協会 tenki.jp「北海道 黒岳で初雪!」、2018年08月17日、

https://tenki.jp/forecaster/okamoto/2018/08/17/1771.html (2018.11.23最終確認)

注2 … 日本気象協会 tenki.jp「北海道 遅い初雪記録続出か?」

https://tenki.jp/forecaster/okamoto/2018/11/18/2704.html (2018.11.23最終確認)

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