持たざる者

 こんにちは、岸本です。

前回の記事からいつの間にか4か月が過ぎていて驚きました。えらそうに毎月更新なんて言ってすみません。

 我々4回生は就職活動に勤しんでおりますが、私はその合間に息抜きとしてもののけ姫を観に行きました。大人になってから観るジブリは色々思うものがありまして、今回新たに発見したことをお話ししようと思います。

 「それでもいい。サンは森で、わたしはタタラ場で暮らそう。共に生きよう。」

ラストでアシタカがサンに告げるセリフですね。幼少期から一年前くらいは、あぁアシタカとサンは離れていてもお互いを支える生き方をするんだなぁホロリ、、、で終わってたんですが、今年は違った。

 アシタカ…まず村に帰るべきでは…????

 こいつは村でも有望な若い男で、呪いが解けたなら帰って村の乙女と結婚したほうがいいんじゃないの、それくらいの責任感はありそうなのになぁ、そんなにサンの近くにいたいのか!?!?!?!?

 そんな訳で調べました、アシタカが村に帰らない理由。

 どうやら、村を旅立った時点で彼は死んだ者とされているようでした。村を発つ前、髪を切る儀式をしたことがそれを表しているとか。カヤの大事なナイフをアシタカに預けたのは棺桶に物を入れて一緒に燃やすといった感覚だと理解しました。ほぅ…。

 アシタカは呪われ死んだ者とされる代わりに、実は村や村の民から解き放たれ束の間の自由を手に入れていたわけだ。呪いが解けたので万々歳。どう生きようと自由とかめちゃくちゃうらやましいわ。私も死んだ者になりたい。

 話は変わり、今新型コロナウイルスの影響で働き方の変化が目に見えるようになり、自然災害も多く発生するようになりました。この前は止まない豪雨、やたら頻繁に起こる地震、富士山が噴火するかもなんてのもささやかれています。

そんな目まぐるしい変化の時代、何も持たざる者が一番強いのではと私は思います。

強いというのはしなやかで物事に柔軟に対応できる強さ、状況によって生き方を変えることができる人のことを言いました。

 しかし、状況に流されるだけでは生きていけない。アシタカも地位と里をなくしながらも、武術と気持ちで道を切り開き自分の居場所を築いた、所有物で飾る必要のない自分の内側に魅力がある、豪雨がこようが火山が噴火しようが逃げた先で生きていける、そんな人が一番生き抜けるのではと思ったのです。

 いくら良い物が沢山あろうとも形ある物壊れる運命ですからね。持っている物の価値が上がる時代も終わってしまったので、何が起こるかわからない今持ち家なんて持つ必要ないのでは?所有物が多ければ多いほど、それに対してリスクが伴うので。しかも何かを持っていると柔軟に変えられないこともありますから。

 もちろんその人の人生です。持ちたいから持つのはありだと思います。

でも持っていないと一人前ではないとか、周りが持ってるから買うとか、あの人は持っていないから駄目だとか、一概に他人のことを言うな。馬鹿にする暇があったら内面磨け。

 何を学んだかというと、生きていくのに必要なものって意外と少ないのかもしれないし、人によって全然違うし、物がなくても内面でなんとかなるんじゃないのでしょうか!?!?ということです。アシタカすげぇな。

 そういえば、アシタカは度々クズ(特に女性関係)やら畜生やら言われてますが、監督それに対して「男なんてそんなもん」と言ったそうですわ。もう色々諦めざるを得ないですね。とりあえず生きるのに不必要なものは浮気するパートナーだな。

 今回はこんなところで。ありがとうございました。

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